権威ある機関紙、「カイロジャーナル」から取材を受けました。
2011年(平成23年)2月25日(金曜日) 第70号
<以下掲載文引用>
「若きカイロプラクターの輪」
菊地 博明氏
何より自由が好き
--自己紹介をお願いします。--
千葉県は市川市の育ちで、子供のころはよくザリガニを捕ったり、カブトムシを捕まえたりという少年時代でした。今でも自然が好きで近所の大きな公園によく散歩に行きます。根っからの体育会系なので何事もちょっとキツイくらいの運動が好きです。でも不条理な厳しい上下関係は嫌いです。昔はかなりの負けず嫌いで、運動会では絶対に1等でないと気がすまない子供でした。だから人と自分をよく比較していました。しかし、最近ではそれに疲れ、自分の価値観で生活できるようになってきたところです。また、中学生の頃は、分からないことがあると、分かるまで先生にまとわりついて聞きほじり、先生が閉口してしまう、ということもありました。何より自由でいられることが好きで、人に指図されたりするのが嫌いです。好奇心は旺盛なほうで、興味がわくとすぐに飛びついて、またすぐに飽きるという面もあります。見た目に合わず細かいところがあり、そんな部分がこの仕事に役立っていると思います。洋服でも道具でも使いこなされた感じのものに出会うと、じっと見入ってしまうようなところがあります。特に多いのは、革が加工されたものや、職人さんが使っている道具などです。テレビで伝統工芸などを作っている職人さんを観ると心にグッときます。そんな私にも先月、長女の琴美が誕生し、パパになりました。ますますモチベーションが上がっています。
格闘技を始めて転職
--カイロの世界に入られたきっかけを教えてください。--
カイロの世界に入る前は、約7年間会社員をしていました。始めのうちは頑張っていましたが、仕事そのものに熱中する、ということがどうしても出来ずに悶々と過ごした時期もありました。何かもっと情熱を傾けられる仕事はないか、人の為になる仕事はないか、といろいろ考えた末、24歳の時にレスキュー隊の試験(消防官)を受けました。試験の体力テストの内容が完璧だったので、結果が出る前から合格した気になっていました。(もちろん学科もありました)当時、漫画雑誌「少年サンデー」に連載されていた「め組の大吾」という東京消防庁のレスキュー隊を題材にした漫画を全巻集めて熟読し、自分がレスキュー隊で活躍する姿を想像してときめいていました。しかし、結果はあっさりと不合格。かなり凹んだのを覚えています。その後、趣味でグレイシー柔術という格闘技を習い始めたことが大きな転機となります。その道場に通う練習生で、カイロや整体の仕事をしている人が結構多かったのです。練習の後、仕事の話を聞いているうちに、「これは自分がやりたいことに近いんじゃないか」と思ったわけです。私は10代のころから背中に痛みがあり、「これも治るかもしれない」というのもありました。また、元々職人さん的生き方に憧れがあったので、「手に職」、というのがピタッときました。それで、カイロの世界に入りました。
患者の筋肉と会話
--今後どのようなカイロプラクターになりたいですか?--
「心を籠めて施術をする」これをいつまでも続けられるカイロプラクターでいたいです。勉強し続け、技術に磨きをかけ続け、患者さんの筋肉と会話が出来るような触診能力を身につけたいです。会うだけで患者さんが元気になってしまう。少し現実離れしてますが、そんなカイロプラクターになりたいです。
--10年後何をされていると思いますか?--
もちろんカイロプラクターでいると思います。人里離れた「ほら穴」みたいな場所で仙人みたいな格好してロウソクの明かりをたよりに、「いらっしゃい」なんていうのをやって見たいですね。最近、人に教えるのが好きだと気づいたので、何かの形でカイロの技術を教えるようになっているかもしれません。それから自宅にグレイシー柔術の練習部屋を作って、毎日練習しているかもしれません。
今この仕事についてみて、様々なことを勉強するのが楽しいです。10年後もそれ以降も自分に力をつけて人に感謝される生き方をしたいと思います。
(きくち・ひろあき)
【大川カイロプラクティックセンター 本八幡整体院】
千葉県市川市菅野1-1-23
電話047-323-1018
<引用ここまで>
アクセス

